保守契約を結ばないとどうなるか、価格構造で読む
開発費用を抑えたくて、「保守契約は様子を見てから」と見送った経験はないでしょうか。リリース直後は何も問題が起きず、「このまま契約しなくても大丈夫そうだ」と感じる時期すらあります。ところが半年後、ある日突然システムが動かなくなり、連絡した開発会社から「保守契約がないので、まずは着手金をいただいてから調査します」と言われて初めて、保守契約の意味に気づく、という流れは珍しくありません。
保守契約を結ぶかどうかは、単に「安心料を払うかどうか」という話ではありません。実は、保守契約の有無によって、トラブル発生時の対応速度・費用の発生タイミング・優先順位の付き方そのものが変わるという構造があります。これは発注先がSIerであってもフリーランスであっても、自社開発であっても共通する部分です。
この記事では、保守契約を結ばない場合に実務上どのような事態が起こりやすいか、またその背景にある価格構造の違いを、発注先の形態別に整理していきます。
保守契約がない状態とは、何を意味するのか
保守契約がないというのは、「システムに不具合が起きても、誰かが即座に対応する義務を負っていない」という状態を指します。開発を請け負った会社や個人は、納品物の検収が完了した時点で契約上の義務を果たしたことになります。そこから先の「動かし続ける責任」は、契約で別途定めない限り発生しません。
ここで混同されやすいのが、「作ってもらった以上、何かあれば対応してくれるはず」という発注側の期待です。しかし請負契約においては、納品・検収の完了が区切りであり、その後の不具合対応や問い合わせ窓口の確保は、別契約(保守契約・運用契約)として切り出されているのが一般的な商流です。検収後の対応は別契約という前提を知らないまま進めると、いざという時に「対応してもらえると思っていたのに」というすれ違いが起きやすくなります。
この構造は、開発費用と運用にかかる費用を分けて考える発想とも重なります。費用を「作る側」と「動かし続ける側」で分けて捉える視点は、インフラ費用と開発費用、なぜ分けて見るべきかでも扱っていますが、保守契約も同じ構図の中にあると考えると整理しやすくなります。
保守契約を結ばないと、実務上どんな場面で困るか
保守契約がない状態で起こりやすい場面を、具体的に挙げてみます。
- 不具合発生時、対応までに時間がかかる:保守契約がある場合は、問い合わせ窓口や対応時間の目安が契約であらかじめ定められています。契約がない場合、都度見積もり・都度契約の交渉から始まることが多く、対応開始までの時間が読めません
- 対応の優先順位が下がる:開発会社やフリーランスにとって、保守契約を結んでいる顧客は継続的な売上につながる相手です。契約のないスポット対応は、既存の保守契約先の対応が優先された後に回される、という順序になりやすい構造があります
- 担当者が不在・連絡が取れないことがある:特にフリーランスへの発注では、契約が終わった時点で別案件に移っていることがあり、連絡自体がつきにくくなるケースもあります。この点はフリーランス発注、退職リスクをどう見るかでも触れている論点と重なります
- セキュリティ更新への追従が止まる:保守契約には、セキュリティパッチの適用やOS・ミドルウェアのバージョン追従が含まれていることが多く、契約がなければこうした対応も止まったままになります。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が毎年公表している「情報セキュリティ10大脅威」では、ソフトウェアの脆弱性を悪用した攻撃が組織における上位の脅威として継続的に挙げられており、更新が止まった状態そのものが攻撃の糸口になりうることが示されています(IPA「情報セキュリティ10大脅威」より)
これらはどれも「起きるかどうか分からないリスク」として軽視されがちですが、起きた時の業務への影響は、経理システムや受発注システムであれば業務停止に直結する場合もあります。保守契約の有無は、こうした放置リスクをどこまで許容するかという経営判断でもあります。
発注先別に見る、保守契約がない場合の違い
保守契約を結ばない場合に起きることは、発注先がSIer・フリーランス・自社開発のどれであるかによって、現れ方が少し異なります。
SIerの場合
SIerは組織として複数人の体制を組んでいるため、担当者個人が不在でも引き継ぎが可能という前提で動いています。ただし、その体制を維持するコストは保守契約料に含まれているため、契約がない状態での緊急対応は、通常の保守契約料よりも割高な単発対応費として請求される設計になっていることが一般的です。「安く済ませようとして契約を見送った結果、トラブル時に通常よりも高い費用を払う」という逆転が起きやすいのはこのためです。
フリーランスの場合
フリーランスは個人であるため、保守契約を結んでいても結んでいなくても、本人の稼働状況によって対応可能時間が左右されます。保守契約がない場合は、契約がある顧客の対応が優先されるのが自然な流れであり、対応自体を断られる可能性も相対的に高くなります。契約書を交わさずに依頼を進めてしまうケースの危うさについては、フリーランス発注、契約書がないまま進む不安でも整理していますが、保守の取り決めも契約書の有無と並んで確認しておきたい項目です。
自社開発の場合
自社開発では「保守契約」という形で外部に費用を払う構造自体がありませんが、代わりに「担当したエンジニアが退職・異動したらどうなるか」という形で同種のリスクが現れます。属人化した状態のまま運用を続けると、担当者不在時に誰も対応できないという状況は、保守契約を結ばない外部発注とほぼ同じ構図です。この論点は担当エンジニアが辞めたらプロジェクトは止まるかで詳しく扱っています。
契約前に確認しておきたいこと
保守契約を結ぶか見送るかを判断する前に、以下の点を確認しておくと、後から想定外の費用や対応遅延に直面するリスクを減らせます。
- 検収後の対応範囲を見積書・契約書で確認する:検収完了後、どこまでが「無償対応」でどこからが「別契約」なのかを、開発段階の契約書の文言で確認しておきます
- 緊急時のスポット対応費用の目安を聞いておく:保守契約を結ばない選択をする場合でも、トラブル発生時に単発でいくらかかるのか、対応開始までの目安時間はどの程度かを事前に確認しておくと、判断材料になります
- システムの重要度に応じて契約の要否を分ける:売上に直結する基幹システムと、社内の補助的なツールとでは、保守契約を結ぶ必要性の重みが異なります。全てのシステムに同じ水準の保守契約を結ぶ必要はなく、重要度に応じて濃淡をつける考え方もあります
- 保守費用の内訳を確認する:保守契約料に何が含まれているか(問い合わせ対応・軽微な修正・セキュリティ対応など)を分解して確認しておくと、価格の妥当性も判断しやすくなります。保守費の構造差についてはSIer・フリーランス・自社開発、保守費で差が出る理由でも整理しています
保守契約の要否を判断する際は、開発時点の見積もりの範囲が「作って終わり」なのか「動かし続ける部分まで含むのか」を見極める視点も欠かせません。これは見積もりの単価や範囲の比較という、価格構造全体の話ともつながってくる論点です。ここは、次に見積もりを依頼するときにもそのまま使える視点なので、メモしておくといいところです。
まとめ
保守契約を結ばない選択は、必ずしも誤りではありませんが、その場合に何が起きるかを事前に把握しておくことが重要です。
- 保守契約がない状態は、検収完了をもって開発側の義務が区切られる契約構造の結果であり、トラブル対応は別契約として扱われるのが一般的です
- 発注先がSIer・フリーランス・自社開発のいずれであっても、「対応の優先順位が下がる」「担当者が不在になりうる」という同種のリスクが形を変えて現れます
- 契約前に、検収後の対応範囲・緊急時の費用目安・システムの重要度を確認しておくことで、保守契約を結ぶかどうかの判断材料が明確になります
執筆
サイバーコネクト編集部
誇張や決めつけを避け、現場で実際に判断材料になる情報だけをお伝えします。
監修
木村 真之
株式会社サイバーコネクト 代表取締役社長
エンジニアとしてキャリアを開始。自ら事業を立ち上げた経験から、システム開発では事業の目的・顧客の課題・収益構造まで理解することが重要だと考え、技術と事業の橋渡し役となるPMとして活動。2021年11月に同社を設立。
まずはお話をお聞かせください。
要件が整理されていない段階でもご相談いただけます。
関連記事
相見積もりが逆に高くつく理由とその対処法
相見積もりを取ったのに総額が高くついた——その背景には、各社の見積もり範囲がそもそも揃っていないという構造があります。防ぎ方を整理しました。
追加開発費用が高く感じる理由と相場の考え方
追加開発の見積もりが想像より高く感じるのはなぜか。単価の感覚のずれと構造的なコストの背景、依頼前に確認しておきたい視点を整理します。
見積書の「管理費」「諸経費」どこまで妥当か
見積書の管理費・諸経費はなぜ「一式」表記になりやすいのか。その構造的な理由と、妥当性を見極めるための確認ポイントを整理します。
情報の取り扱いと免責:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況に対する助言ではありません。 統計・数値等は出典を明記したもの以外は掲載していません。内容は公開時点の一般的な傾向を示すものであり、 実際の発注・契約にあたっては個別の事情に応じて専門家・取引先とご確認ください。